フィルハーモニア管来日1998

【第一夜】

1998年5月26日(火) 19:00 東京オペラシティ・コンサートホール
ヴァイオリン:ヴィクトリア・ムローヴァ
指揮:エサ・ペッカ・サロネン
フィルハーモニア管弦楽団

武満徹:ヴィジョンズ
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第二番
(休憩)
リゲティ:アパリシヨン
ドビュッシィ:海

 5/26から三夜連続で、サロネン=フィルハーモニア管の東京公演を聴いた。チケット手配が遅かったこともあって、一枚くらいなら、と思ってオーダーしたら、三日とも席を確保できてしまった(^_^;)。会場へ行ってみて、ことの次第に気づいたのだが、三日間とも「ガラガラ」といっていい有様だった。なんて勿体ない。

 気を取り直して第一夜のプログラムを聴き始めた。まずは『ヴィジョンズ』。外来オケが武満さんの曲を演奏する際、しばしば、何というか独特の雰囲気の不足を感じることが多いが、今回は指揮者の精妙なコントロールが十分に味わえ、楽しめた。むしろ国内オケが演奏の際、何か譜面以上の情報を演奏に付け加えているのではないか、という疑念さえ湧いてきた。それにしてもこの曲、不思議な楽天性、単純さは晩年の武満さんの作風に一貫してる。

 ムローヴァの弾くバルトークの二番も熱演。編集者にとってバルトークは必ずしも得意分野ではないのだが、気合いに圧倒された感じ。

 休憩後の一曲目、今回シリーズの目玉、リゲティ作品の連続演奏。当夜は初めて聴く『アパリシヨン』。僅か10分あまりの曲ながら、凄い演奏。ちょっと響きすぎるホールがこうしたデリケートな曲にはかえって相応しく、響きの倍音がつくる微妙な音の霞のようなものが空間にたなびいて、息を詰めて聴いた。

 メインの『海』はまずまず。リゲティの後で、オケも解放されて鳴り過ぎるほど鳴っていた。編集者はロス・フィルとの録音による『海』をたいへん気に入って、その精密な演奏を愛聴しているが、ここではどちらかというと、解放感が勝っていたかな、という感じ。

 オケは全般に、なんだか疲れているというか、多少荒さの目立つようなところはあったが、サロネンの意図はよく見えていた。冒頭の武満さんの曲で、弦楽合奏が響かせた音の綾には、オケの底力をかいま見た思い。


【第二夜】

1998年5月27日(水) 19:00 東京オペラシティ・コンサートホール
ピアノ:ミシェル・ベロフ
指揮:エサ・ペッカ・サロネン
フィルハーモニア管弦楽団

リゲティ:アトモスフィア
ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲
(休憩)
リゲティ:ロンターノ
ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ

 あるひじょうに不幸な状況で、たいへん熱演と思われたアトモスフィアにさっぱり集中できなかったものの、ラヴェルはまずまず。この後ベロフが「武満さんへのオマージュとして」と言いながらアンコールしてくれたドビュッシィの『沈む寺』が、強いメッセージ性を伴って心に迫る。もっともベロフって、ときどき一瞬次のフレーズを忘れてるんぢゃないか(^_^;)と思わせるような間があったりして、ヒヤっとすることがあるのだが、そんな持ち味も昔と変わっていない。

 休憩後は席を移らせてもらって、今度はロンターノをじっくり聴く。息を詰めて、というのがぴったりの、異常なほど緊張感の高い演奏。リゲティの、とくに60年代の作品ってかなり強引な曲づくりだよなぁ、などとも思うのだが、猛烈な迫力はほかの誰にもひけをとらない。

 ペトルーシュカでは、例によって十分にオケを解放し、伸び伸びとして、しかも余分な化粧のない演奏。トランペットの首席の方の快演が素晴らしく、またフルートも良かった。そういえばリゲティでの、四管のフルート・アンサンブルも凄かった。

 アンコール。サロネンのコメントはよく聞こえなかったが、たぶん「武満の想い出に」とか言っていたのだと思われる。ラヴェルの「妖精の園」。不覚にも聴いていて涙が出そうになる。
 この曲で泣くような思いをしたのは初めて。西も東もない妖精の園で、静かに暮らしておられるのかな、なんてセンチメンタルなことを、つい考えてしまう。

 全般に、三日間のなかではいちばん好きなコンサートになった。オケは26日に比べると、だいぶ荒さが目立たなくなっていたし、多少荒っぽくても熱気の勝った演奏に感情移入してしまったからかも知れない。お客さんが5割くらいしか入っていないのが、本当に勿体なかった。


【第三夜】

1998年5月28日(木) 19:00 東京オペラシティ・コンサートホール
ヴァイオリン:クリスチャン・テツラフ
指揮:エサ・ペッカ・サロネン
フィルハーモニア管弦楽団

ドビュッシィ:イベリア
リゲティ:ヴァイオリン協奏曲
(休憩)
リゲティ:管弦楽のためのメロディ
ラヴェル:ダフニスとクロエ組曲第二番

 全体として、演奏の完成度はこの夜がいちばん高かったように思う。ドビュッシィでの丁寧な色彩づくりには目を見張らされた。またラヴェルでは最後までよく制御の行き届いた、破綻のない演奏になっていた。

 リゲティのヴァイオリン協奏曲はとんでもない曲で(^_^;)、オカリナのコラールが不気味な効果をあげていた。ここでのテツラフの超絶技巧にはほんとうに舌を巻く思い。最終楽章のソロの部分で、微分音か何かでのポリフォニィを重音で弾き切るところなど、いったいどういう耳をしているのだろう。凄い。アンコールでバッハの無伴奏か何かを弾いてくれたが、これも充実していた。

 また、ラヴェルでのフルート・ソロも素晴らしかった。そういえば、ラヴェルではパーカッションが10人も出場していて仰天した。リゲティでも、マリンバやらシロフォン、グロッケン、ヴィブラフォンなど鍵盤打楽器が6種類も登場して楽器博物館みたい。

 ホールの話を少し。このホール、今回が初めてだったが、少し「響きすぎる」。フォルティシモでは響きが混濁してしまって、何をしているのか分からなくなる瞬間が。とくに3階正面(1列目、2列目)で聴いたときに、そうした傾向が強かったように思う。ピアノやヴァイオリンのソロが、響きすぎるオケに埋没してしまうところも散見された。 ....それにこういうよく響くホールって、客席のノイズもよく響いてしまうのが弱点。椅子に貼り付けてあるテキスタイルが、妙に衣擦れの音をたてがちなのもマイナス。ついでに云うと、ホールへのアプローチの長い階段で得体の知れない電子音を流すのはぜったいに止めて欲しい。音楽会が終わってホールを後にする際、余韻をぶち壊すのである。(1998.06.21)


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